東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)192号 判決
事実及び理由
一 請求の原因一ないし三は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告が主張する取消事由の存否について審究する。
成立に争いのない甲第二号証、第三号証、第六号証の一ないし三ならびに弁論の全趣旨によつて、原告が本件考案の特徴とするところに従い検討すれば次のとおりである。
1 原告が本件考案の特徴とする<1>の構成について
まず、コツク基体とコツク帽体の噛合部の構造についてみる。
本件考案における、コツク基体の上面外周縁に噛合歯を備えた環状突縁部を形成し、コツク帽体の下面周縁に前記基体の環状突縁部に係脱可能に噛合う噛合歯を形成した構成は、引用例に示されたF、S―一七一コツク(以下「引用コツク」という。)のコツク基台の上面内周縁に噛合歯を備えた環状突縁部を形成し、コツク帽体の下面内周縁に基体の環状突縁部に係脱可能に噛合う噛合歯を備えた環状突縁部を形成した構成に対応するものである。たゞ基体と帽体を係合離脱させる噛合歯を設けた環状突縁部が、本件考案にあつてはガスコツクの外側部分に、引用コツクにあつては内側部分に設けられている点で審決認定のとおりの相違点が認められるが、この噛合部が外側か内側かによつて、ホースの向きを変更するために、基体に対し帽体を上動(スライド)させて回転するときの作用や、基体に帽体を噛合させて固定中に帽体が不用意に回転することを防止する効果などで格別差異はないし、また、基体と帽体とのスライド面間に設けられたOリングによるガスコツクの気密保持が、この噛合部の位置がスライド面の外側か内側かの相違によつて差異を生ずるものとも考えられない。してみると、噛合部の位置の相違は単なる設計的事項の範囲内のものに過ぎないといえる。
つぎに、基体と帽体とのスライド部を前記噛合歯による噛合深さよりも長くすることは、基体と帽体との気密保持上当然考慮すべき事項であり、本件考案と引用コツクとの間に全く差異はない。
そうすると、原告主張<1>の構成は引用例に開示されているというべきである。
2 原告が本件考案の特徴とする<2>の構成について
基体と帽体との相互のスライド面間にOリングを介在させて気密を保持させていることは引用コツクにおいても本件考案と変りはない。そもそも、一般にスライド面間の密封材としてOリングを用いることは通常に慣用の技術手段に過ぎない。
したがつて、原告主張<2>の構成もまた引用例に開示されているといえる。
3 原告が本件考案の特徴とする<3>の構成について
本件考案における締付ねじの下端に鍔状のストツパを形成した構成は、引用例の締付ねじ(丸皿ビス)にはない。
ところで、締付ねじの行程規制のため、ねじ下端にストツパを設ける技術が本件出願前公知であつたことは原告も明らかにこれを争わないところであるし、一般に物体に挿通した軸が物体から抜け出ないように軸端をつば状にかしめることは、リベツト等にみられるよう周知慣用の手段であつて、一般の締付ねじにおいても、その下端に鍔状のストツパを形成して本件考案のようにねじ行程を規制する技術手段は周知技術であつたというべきである。
そして、本件出願前、日本LPガス機器工業会の技術委員会・コツク分科会での決定事項として、自在式コツクは分離できない構造とし、また基準案として、「ホース閉止弁で、出口側(ホースエンド)の方向が調整可能で任意の方向に使用するものにあつては、その固定機能を果しているネジ等は、緩めてもはずれることなく緩めきつた状態、及び、再度締め直した状態において気密試験に合格するものであること。」の内容のものが審議されていたから、当業界においては、自在式コツクは常に、どのような操作が加えられた時でも、帽体と基体とが分離しない構造とすること、帽体を基体に固定する締付ねじは緩めてもはずれることがないような構成とすることが技術的課題とされていたことが明らかである。
したがつて、この技術的課題のもとに、引用コツクにおいて前記周知技術を適用して締付ねじの端部にストツパを形成して、ねじを緩めても帽体が基体から分離しないようにすることは、当業者であれば、格別の考案力を要しないで想到することができたというべきである。
なお、本件考案の実用新案登録請求の範囲には、「該ねじ部の下端には、前記コツク帽体の上動時に嵌入筒部の上壁部下面に当接する鍔状のストツパを形成してなる」とされ、締付ねじの移動量を前記噛合深さより僅かに長く制限することについては明記していないが、右記載を、このように原告主張にしたがつて解したとしても、帽体を基体に対し回動可能とするためには、帽体が基体に対し上動する長さ、すなわちねじ部の移動量が噛合深さよりも長いことが必要にして充分な条件であるので、僅かに長く制限する点に格別の技術的意義はなく、単に設計的事項の範囲内のものといえる。
そうすると、<3>の点も引用例に記載された技術的事項に周知技術を適用することにより極めて容易に構成することができるものといわねばならない。
4 原告が本件考案の特徴とする<4>の構成について
引用コツクも、締付ねじ(丸皿ビス)と帽体上壁部間はOリングの介在によつて本体内部と外気との気密が保持されており、審決認定のとおり、締付ねじはコツク帽体の上壁部に密嵌されているというべきである。
ちなみに、本件明細書には、基体に対し気密を保つたまま帽体の向きを変更できる旨一再ならず記載されているが、この作用効果に関する具体的構成は実用新案登録請求の範囲に記載されていないので、本件考案における「密嵌」とは、帽体上壁に締付ねじを挿入した構造において締付ねじと帽体上壁部が気密に保持されていることをいうものであつて、引用コツクにおいても密嵌において差異はないといわねばならない。
そうすると、<4>の構成も引用例に開示されているというべきである。
5 本件考案の容易推考性
前示1ないし4にわたつて検討したところによれば、原告が本件考案の特徴とするところは、何れも引用例に開示され、ないしは公知課題例のもとに周知技術を適用することにより格別の考案力を要せずに想到することができるものであるところ、これらを結合して、本件考案の構成とすることも、当業者であれば、引用例および公知課題例ならびに周知技術から極めてたやすく推考することができるものというべく、その奏する作用効果もその適用から予測できる範囲のものに過ぎないというべきである。
そうすると、本件考案の進歩性を否定した審決の判断に誤りはなく、その違法をいう原告の主張は理由がないといわねばならない。
三 よつて、審決の取消を求める原告の本訴請求は失当として棄却する。
〔編註〕本願考案の要旨は左のとおりである。
配管接続部を有するコツク基体の上面外周縁には噛合歯を備えて環状をなす環状突縁部が形成され、該コツク基体の上部に締付ねじによつて取付けられかつガス開閉栓体部及びホース取付部を側方に備えたコツク帽体の下面外周縁には前記コツク基体の環状突縁部に係脱可能に噛合う噛合歯を備えた環状突縁部が形成されてコツク基体に対しコツク帽体が任意の回動位置に固定されるガスコツクであつて、前記コツク基体の上面中央部には、前記両環状突縁部相互の噛合深さよりも長く前記コツク帽体をスライド可能に嵌合する嵌入筒部を突設する一方、該嵌入筒部とコツク帽体との相互のスライド面間にはOリングを介在して密封し、さらに、前記コツク基体に対し前記コツク帽体を締着する締付ねじは、コツク帽体の上壁部より密嵌され該締付ねじのねじ部が前記嵌入筒部の上壁部に貫通して螺合し、該ねじ部の下端には、前記コツク帽体の上動時に嵌入筒部の上壁部下面に当接する鍔状のストツパを形成してなるを特徴とするガスコツク。